彼女の夢。俺はファルさんと、そのことについて少しだけ話したことがあった。去年
の今頃だっただろうか。彼女と出会い、そしてパートナーになる可能性も、あった。し
かし俺では役者不足であり、彼女の夢を叶えることはできなかっただろう。だから、俺
は彼女がリセルシアとパートナーを組むと知った時、それが正しい道だと、心から思っ
た。たとえ彼女が手に入れる名声が、チェザリーニという名を借りた、一時的なもので
あったとしても。
 いや……むしろ、一時的なものであるべきで、そうなることも確信していた。彼女は、
プロの舞台に立ち、そして自らの力で本当の名声をつかむだろう。仮初めの名声は自然
と剥がれ落ち、明らかになるだろう。
 しかし、それもまた、違ったようだった。

「だから、リセ。あなたには、本当に感謝してるの」
「いえ……いえ、ファルさん、違うんです」

 ――感謝しているのは、私のほうなんです。声にはならなかったが、リセルシアが確
かにそう言おうとしたのが俺にはわかった。
 そして突然、二人の演奏を聴いた後の、あの「なにかが変わった」という奇妙な感想
の理由に思い至った。あの時、彼女の部屋に二度目に入った時――俺は少しだけ、彼女
の内面に触れた。あまりにも美しいその孤高の姿に、畏怖すら覚えた。ファルさんは、
全てを自分の力で手に入れようとしていた。その告白に俺は怯え、触れることも、近づ
くこともできなかった。
 ファルシータ・フォーセットという名の少女は、ただ一人、自らの力だけで全てを手
に入れようとしていた。そして俺はそのとき、彼女は正しいと、そう思った。彼女の歌
を肌で感じ、完全だと理解した。
 だが、今の彼女は、リセルシアに感謝し、俺にすら感謝している。きっと、あの時の
俺が今の彼女の言葉を聞いたのなら、それは違うと否定したかもしれない。しかし、今
このホールで聴いた演奏は、すばらしかった。
 そして、なによりも、リセルシアのフォルテールに合わせ、歌う彼女は、幸せそうに
見えた。
 あの頃もし、ほんの少しでもファルさんの力になれると思うことができたのなら、俺
は彼女に全てを捧げただろう。だが、そうしなくて、本当に良かった。
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